昨日高校ラグビー全国大会大阪予選を観に行って来ました。グランドを見て思ったことは凄く良い環境でラグビーができている事でした。人工芝(しかも予選)凄いです。我々の時は砂埃が舞い、擦り傷が出来ては化膿して大変な思いをして練習や試合をしていた記憶があります。
今は半分が人工芝だそうです。時代の変化ですね。試合前のアップ(試合前の練習)から見るのが凄く好きである試合を観に行ったのですが、勿論3時間前に到着して練習前の雰囲気などを観ながら楽しいで観ていました。
でも凄く残念な事があります。選手は先生の道具ではないと言う事。凄く感じたのがあるチームです(この試合を見に行きましたそこで全く知らい父兄さんとも会話していました)選手が誰一人自分達で動こうとはしない、自分達の試合なのに先生の言うがままに動いている。こんな状況ここ何年も観た事がない。でもこの高校はそうらしい(問題ありと議題にはでるが変わらない)そこにはもう3年生最後の試合と言う感覚無く、むしろやらされている感じが見ているこちらにも伝わって来ました。(見えない力が働いているんでしょう)あってはいけないことですが、そう言う力が動いている事は間違いないです。
でもこれが選手にどれだけの影響を及ぼすのか考えた事は無いのか?高校生やはり子供です、大人が右と言えば右なんです(特に私立スポーツは)最後の大会3年生は思いを全てぶつける場所。そこに訳の分からない力は本当はいらないです。でも悲しいかなやはりあるのが現実。観てて本当に子供達が可哀そうでした。
負けて涙誰一人なし、応援の父兄さん達も涙なし(口から洩れた言葉はやっと終わったでした)この責任は何処にあるのか、私は思いました。監督(先生)だと。子供はラグビーがしたくてこの学校の門を叩いた。努力してレギュラーになり花園を目指した。その道を真っ直ぐ行かせるのが先生の仕事。子供達からやる気を奪う事は絶対いけない、またそれに気が付いてあげないと行けない。
今まで見て来たラグビーの試合の中で一番寂しい試合でした。でも子供達には罪はないです。ナイスゲームでした。本当に気が付いてあげて欲しいです。(見えない力はいらないです)
私は中学1年後半でバスケットボールからラグビーにクラブを変えた。その時に父に言われた言葉を今でもしっかり覚えている。お前が途中から入りレギュラーになると言う事は誰かを押しのけているのだから、絶対にその人の気持ちも考えてプレーし努力しろと。人より努力しろと、この言葉はいつまでも頭にある。自分で言うのは何だが、一番努力したと思います。試合に出れない人達の事考えた事皆さんはありますか?
最後の試合に出れない3年生。共につらい練習をして来たにも関わらず、少しの差で試合に出れずに3年間を終えた選手は多いと思います。だから試合に出る人は責任を持ってプレーしないといけない。これは出れなかった選手にも失礼になる。昨日試合にも沢山の父兄の方が自分の息子の応援に来られていました、勿論試合に出ていない方も応援に来られていました。自分の息子の最後の試合。残り5分でもいいからと思う親。でも願いは叶いませんでした。笛が鳴る。終了だ。同時に3年間のクラブ生活の終了の笛でもある。
思いました、私の息子が試合に出れていない時でも私は応援に行けるだろうか?難しいです。まだまだ先の話ですが、親の心は素晴らしいです。そう言えば、私の父も良く応援に来てくれていました(パンチパーマとサングラス、何処の893と良く言われたもんです(笑))
当時は恥ずかしかったですが、今思えば幸せな学生時代でしたね、いつも父が応援に来てくれてましたし、こんな父になろうと思っています(良い所だけ真似ます)
何か色々書きましたが、昨日の試合を観て、書きたくなったことを書きました。良いですよねKさん。ナイスゲームでした。ありがとうごじいました。
ペンネーム1515より